サイエンスフィクションの分室

「SFとはなんぞや?」と定義するなら、それはエンターティナーである作者の理系的なこだわりの産物だといえるだろう。

「パラサイト・イヴ」
(瀬名秀明:作 / 角川書店:刊)

 一見、SFホラーの体裁をとってはいるが、純粋な愛の物語であり、臓器移植の医者と患者の信頼の物語であり、そしてイヴの宿主である永島聖美という女性の人生の物語である。作中には、たくさんの専門用語の羅列があるのだが難解さは特に感じられず、むしろ文章的な演出の一貫となっていたのが好印象。かなり面白かったため、読後の感想は「今後の日本は安泰だ」だったと思う。
 御存じのとおり、'97年に映画化されている。映画版には笑えた(別物、と考えたほうがいいかも。「パラサイトする恐怖」って何だ?)が、テーマを恋愛ものに絞っており、うまくまとまっていたと思う(実際、泣けた)。


「リプレイ」
(ケン・グリムウッド:作 / 新潮社:刊)

 これもファンタシィに分類したいのだけど…。カテゴリー的にはタイムスリップもの、だろうか。
 40代の主人公が突然死し、1960年代の青年時代に戻ってしまうという、「人生をやりなおせたら」的な物語。ただし、何度、人生を巡っても、同じ日の同じ時間になると主人公は死んでしまい、もう一度、若者時代から人生をやりなおす羽目になってしまう。そのリプレイ現象そのものを主人公たち(リプレイヤー)は解明することができないし(作中で解説されることもない)、また、物語の本題もそこにはない。
 リプレイ現象に翻弄される主人公が、いろんな人生の中で「存在」というものについて考えていく、その過程が気に入っている。


「夏への扉」
(ロバート・A・ハインライン:作/早川書房:刊)

 古典(?)SFの名作。コールドスリープ、家庭用のロボット、タイムパラドックスなどを取り扱っている。
 この本は、全世界にいる猫好きのためのSF(笑)でもある。実際、たけうちは贈り物として猫の置物を買ったとき、その猫にピート(ペトロニウス)と名付けた記憶がある。
 余談だが、小学生時代、担任の先生に幾つかの少年向けSFのシリーズ(「時をかける少女」とか「謎の転校生」とか)を借りたことがあった。その中に「人類のあけぼの号」という本があって、内容に感動したのだが、後に「夏への扉」を読んでみたら、プロットというかコンセプトが全く同じ。「あの本は、パクリものだったのか」とショックを受けたという記憶がある。


「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」
(P・K・ディック:作/早川書房:刊)

 映画「ブレードランナー」の原作小説。SFファンの間では有名かも知れないが、一般には映画ほど知られていないというのが日本での現状だと思う。実際、映画はこの小説の表面的なストーリーしか追っていないので、全く別物としてとらえてしまってもさしつかえないだろう。
 ここでは映画の批評はとりあつかっていないので省略するが(でもシド・ミードのデザインは好き)、この小説は映画の数十倍も上をいくものだと認識している。


「アルジャーノンに花束を」
(ダニエル・キイス:作/早川書房:刊)

 これは早川から出版された訳本の中では、知らない者はいないんじゃないかと思えるほど有名な作品。SFというよりは、ラブストーリーとして認識してもらってさしつかえない。
 主人公の「経過報告」の形をとって物語を進行させていく手法は、とても素晴らしく(原文を読んでいないのでなんともいえないが、翻訳者の能力による部分もあると思う)、中盤からラストに至るまでは、読んでいて涙が止まらなくなる程。
 日本では劇団「昴」が戯曲化して、サンシャイン劇場などで上演された。


「タイム・リープ…あしたはきのう…」
(高畑京一郎:作/メディアワークス:刊)

 簡単にいえば、タイムスリップもの。しかし、それだけではいいあらわせない要素がたくさんつまっている作品である。特にサイエンスフィクションというわけではないので、SFというカテゴリーに分類すべきかどうか悩む。
 主人公の女の子が体験する奇妙な一週間。自分の意識だけが曜日の中を行ったりきたりしてしまうタイム・リープ現象を、理解力のあるボーイフレンドを登場させることによって上手く解説させ、読者に理解させていく。絶対的な時間進行と、主人公の主観的な時間進行の差が、作品のパズル性を引き立てている。ミステリ作品としても申し分ない出来。
 '97年の夏には佐藤藍子主演で映画化されているが、こちらはイマイチ。もちろん、おもしろい部分もあるが、それは原作のエッセンスによるもので、映画オリジナルの付加要素などが全く作中で昇華されていない。非常に残念。
 関係ないが、作中に登場する高校の表現をみると、作者の高畑氏が静岡県立清水東高校出身のような気がしてくるのは、気のせいなのだろうか?


「もうひとつの夏へ」
(飛火野耀:作/角川書店:刊)

 これをSFと呼ぶかどうかといえば、意見が分かれるかも知れないが、パラレルワールド、サイバースペース、タイムパラドックスなどを取り扱っているので一応、こちらに分類してみた。たけうち自身は、これはファンタシィ小説(定義が難しいが)だと認識している。
 この小説で何が好きかと問われれば、文章が好きと答えるだろう。上、下巻の文庫で発売されているが、上巻を読み終えたとき、ワクワクして下巻の発売を待った記憶がある。角川の少年向けの文庫(スニーカー文庫)で発売されているので、一般のひとに読まれる機会は少ないかも。でも、名作。
 ちなみに、この小説の上巻の初版本を角川書店が回収するという顛末があったが、それは作中の回想シーンでの「当時、まだトルコ風呂と呼ばれていた界隈」という表現がまずかったようだ。「回想なんだから、いいじゃん別に…」などと思ってしまう。


「時の果てのフェブラリー」
(山本弘:作/角川書店:刊)

 これも角川書店。少年向けのファンタジー小説やRPGなどで有名な山本弘氏の作品だが、むしろハヤカワSFで出版した方が売れるのではと感じるような(比喩として不適切かも?)名作。
 なのにあまり売れていないらしい。見かけたら買うべし。


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